底なし沼へようこそ。

沼から抜け出せなくなった看護師の独り言。

拝啓 大倉忠義さま

 

 

久々に何もない休みだったので、部屋を掃除しがてら、山積みになったジャニーズ関連のグッズを整理した。

WESTを始め、Jr.、NEWS、JUMP…と色々ある中でも、ダントツで1番多いのはエイトのグッズ。今でもライブには足を運び続けているけれど、昔ほどの熱量はなくなってしまったのは事実で。

歴代の大倉の団扇や沢山の緑色のグッズを眺めながら、"こんなに好きだったんだなぁ"としみじみ思った。

 

同時に、"私、本当に降りたんだ"と思った。

 

そして、自分の中での区切りをつけるために担降りブログを書こうと思い立って、今に至ります。

 

 

 

あくまで自己満のため。私の備忘録。

 

 

 

ここからは個人的見解が多くなるので、Eighterさんは不快な気持ちになる可能性もあるかもしれません。悪しからず。

 

 

 

 

 

 

 

私がエイトにハマったのは約10年前。

 

JUMP結成により大好きだったYa-Ya-yahが自然消滅し、縋りついたNEWSがメンバーの不祥事連続で活動停止になり、私はどこに逃げれば良いんだろうと途方に暮れていた時に、後輩から『F.T.O』を借りた。

正直最初は、"面白いけど、歌もあんまり上手くないし、そんなにイケメンでもないなぁ"と思った。(全力で土下座)

"この中なら大倉くんがマシかなぁ"くらいにしか思っていなかった。(全力で土下座2回目)

 

47都道府県のツアーが決まったとき、父の実家がある新潟の知り合いに「チケットとりすぎちゃったから行ってみない?」と誘われ、休みだったし興味がないわけではなかったので行ってみることにした。

新潟の田舎ののどかな風景には少し不似合いなカラフルな服を着た人たちや、メンバーの写真で埋め尽くされた紙袋を持った人たちで溢れる中、アウェーだなぁと思いつつ、私は大倉の団扇、母はまるちゃんの団扇を持って会場に入った。

(母はパンフレットをぱらぱら見て"なんとなくこの京都の人が良いかな"とまるちゃんを選んだ)

 

 

 

ライブが終わった頃にはすっかり彼らの虜だった。

 

 

 

帰ってすぐ『ズッコケ大脱走』の初回限定盤を予約し、ファンクラブに入りたいと母に頼み込んで、ドキドキしながら振込用紙に"大倉忠義"と書いた。

You&Jの会員証が届いた時はそれはもう嬉しかった。

(会報がKAT-TUN特集だったのにはガックリだったけれど…)

 

ところで、なんで大倉だったのか。

ファンサを貰ったわけでもないし、なんなら真横を通過していったのはすばちゃんだったし、特別目立ってたわけでもない。MCはほぼ無言で、お兄ちゃんたちの話を聞いて端っこでムフフって笑ってるだけ。コントでは役的に良いとこ持ってくけど、めちゃくちゃにカッコつけてる感じもなし。

でも、ドラムの前に座ると豹変する。とにかくずっと楽しそうにニコニコしてる。そんなとこを"好きかも"と思った。

 

個性の強いメンバーの中で1人、素朴な彼を好きになった。

 

遠征こそしなかったけど、受験年以外は必ずライブに行った。CDもDVDもほぼ全部揃えた。TV番組も欠かさず見た。 

いつでも全力で、キラキラしてて、カッコよくて、お茶目で可愛い大倉が、本当に本当に大好きだった。ファンサなんていらない。そこに居てくれるだけで、見ていられるだけで幸せだった。

 

彼が連載で綴る文章もすごく好きだった。

まず、タイトルが意味不明。

(この頃はガラケーでスクショ機能なんて便利なものはないし、画面メモも制限があったから、私は気に入った日の記事をノートに書き写していた。それを見返してみた。)

 

らりるれろっくで69』

『ストーブの上に醤油と小皿』

『ジョニーデップさん』

『ん??』

 

いやいや、コッチが"ん??"だわ👐と言いたくなるようなラインナップ。中身も、ぽやーんとしてて、掴みどころがなくて、下ネタも平気でぶち込んでて…

でも、必ず最後に『8→1』って書いてあったり、ものすごく真面目な内容の時もあった。

『このコーナーの文章にはいつでも本音だし素直に向き合ってますよ』
こんな一文を綴っていたこともあった。素を見せてくれてるんだって、なんだか嬉しかった。

 

 

 

思い返すと小恥ずかしいくらいに大倉一筋なデレ甘期がしばらく続き、大学に入学した私は現相方と出会う。

 

彼女も同じ大倉担だったけど、大倉には厳しく、きみくんに甘い大倉担だった。"こういうとこが好き。でもこういうとこは嫌い。"ハッキリ言う彼女に最初はびっくりしたけど、そのさっぱり加減が好きでよく話をするようになり、ライブも一緒に行くようになった。

そしていつしか私も、"こういうとこはあまり好きじゃない。でも、そこも含めて大倉が好き。"という方向にシフトしていた気がする。

 

その頃大倉も、ドラマや舞台によく出るようになり、端っこで笑っているだけのポジションから、中心で目立つほうのカッコいいメンバーになっていた。続々と仕事が決まって嬉しい反面、ムフフの大倉が見られなくなってきたことに少し寂しさも感じていた。

でも、肝心なとこで決められないちょっと鈍臭いところや、バラエティ無視で弱音を吐くようなちょっと情けないところが、素の彼らしくて好きだった。連載の文章や、ライブでの彼のパフォーマンスも変わらなくて、"私はやっぱりこの人が好きだなぁ"と思えていた。この頃から、関西Jrにも興味を持ち始めていたけど、帰る所はやっぱりエイトで、1番は大倉だった。

Twitterを始めて、オタ垢を作って、同じ気持ちを共有できる友だちもできた。くだらない妄想をしてみたり、ライブ会場で会ったり、趣味が合うだけでこんなに仲良くなれるんだと、楽しくて仕方なかった。

 

 

 

大学4年生の冬、ジャニーズWESTのデビューが決まった。ひっそり関西Jrも応援し続けてたから、7人でのデビューが正式に発表された時はすごく嬉しかった。ちゃっかりCDを買い、 『ええじゃないか』のリリイベに行った私は、全くノーマークだった"中間淳太"という新たな沼に転がり落ちて帰ってくることになる。

 

雲行きが怪しくなってきたのは恐らくこの辺から。

 

純粋にエイトだけを好きなオタ友が多い中でWESTにもハマり始めている自分に、悪いことなんて何もしてないのになぜか引け目を感じるようになる。そんな私の態度が原因でギクシャクする友だちも出てきて、どうしたら良いか分からなくなってしまった。

そんな時に、パリピポで初めてちゃんとしたWESTのライブに行き、彼らのフレッシュだけど自信に満ち溢れたパフォーマンスに惚れ込み、尚且つ淳太くんにファンサを貰ってしまって、"自分の好きな人に見つけてもらえた"という初めての感覚に舞い上がり、一気に熱の入れ方が変わる。

 

少しずつ、でも着実に、私の1番が大倉から淳太くんに変わりつつあった。

 

程なくして、細かいことは忘れてしまったけど、エイト関連の仲良しだったグループの子たちと盛大に揉めた。 今思えば理由は小さなことだったと思う。でも、当時の私には耐えられなかった。私は彼女たちのグループからスーッと身を引いた。

 

同時に、エイトからも少し距離を置いた。私1人がいなくなっても彼らを応援してる人はもう沢山いるし、というのがひとつ。もうひとつは、彼らのEighterとの距離のとりかたに違和感を感じ始めてしまったこと。通称"エイトの日"にグローブ座で行われたイベントの応募資格がなんでファンクラブじゃなくてCD購入者全員なんだろうって思ったし、やけにEighterとの繋がりをアピールするような演出(ライブドキュメンタリーにオタクが映るとか)が増えたこともモヤモヤしかしていなかったから。大倉のキャラも、ちょっと鈍臭い情けないを通り越して、腹黒いずる賢い感じが表に出るようになってきて、"なんかちょっとなぁ…"と思っている自分がいた。

 

そして、大きな転機になった『元気が出るLIVE』

 

ライブは変わらず好きだったので、東京公演には当たり前のように行ったし、ライブ自体はやっぱり楽しかった。

ツアーオーラスの日。"大倉、腸閉塞で欠席"…そんな情報が回って来た。私は、大倉の心配をするよりも先に、彼のプロ意識を疑ってしまった。なんでそんなことになるの?と思ってしまった。さらに、6人だけのライブのレポが流れてくるのを見たり、オタクの様子を聞いたりして、ちょっと宗教みたいじゃない?なんて冷めた感情を抱いてしまった。もちろん、自分がその場にいた純粋なファンだったらそうは思わなかったかもしれないし、その人たちや彼らの行動をまるっきり否定するつもりもない。でも、とにかく私は一気に冷めてしまった。そんな風に思った自分も悲しかった。

何より悔しかったのは、後に大倉本人がこのことを笑いのネタにしていたこと。直後の連載では、ファンの人たちにも申し訳なかったと落ち込んだ様子で悔しそうに綴っていたのに、時を経て最終的にネタにしてしまうのかと、ガッカリした。笑い飛ばすつもりだったのかもしれないけど、"そんな程度だったのか"と、私は彼を許せなかった。

 

それでも降りるという結論は出せず、グループとしては好きだし、という考えでずるずるとライブには行き続けた。リサイタルも運良く当たり、2年とも自チケで入れた。でも、大倉を好きな気持ちは確実に薄れていった。"もう私が好きになった彼ではない"と思ってしまっていた。目で追うのは、大倉じゃなくてきみくんになっていた。

 

そして去年のリサイタル。アンコールの『無限大』で、気付いたら泣いていた。体調が万全でなかったこと、構成的に席がとんでもなく良くなかったこと、自分的に満足な内容じゃなかったこと…色々なことが重なっていたのもあるけれど、漠然と"もう降りるんだな"と思った自分がいた。

 

そして最終的に、"エイトは嫌いじゃないけど、もう大倉担は名乗らない" という結論に至った。反比例するように淳太くんの存在が大きくなっていたことも要因の1つだけど、DDで、好きな人は増えても誰も降りることはなかった私が、9年間ずっと好きだった人から離れようと決めた。

 

大倉を大好きだった頃をなかったことにするつもりはもちろんない。大倉を好きになったからこそ、相方とも出会えたし、仲良くなれた大好きな友だちも沢山いる。"まゆたんが大倉担じゃなくなると寂しいよ" なんて言ってくれる子もいた。嬉しかった。それに、相変わらずすばくら&よこくらにはめちゃくちゃ弱くて、2人といると無邪気な弟になる大倉を可愛いとも思う。ただ、トータル的に、前ほどの熱量がなくなったのと、大倉を担当と言えるほど好きではなくなっただけ。私みたいなのがいつまでも大倉担を引きずっていたら、純粋に彼を好きな人たちに申し訳ないから。

 

 

 

と言うわけで、あえてもうキッパリ言います。

 

 

 

私、大倉から降りました。

 

 

 

沢山の楽しい思い出をありがとう。

本当に本当に大好きでした。

これからもアナタらしく頑張ってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな私ですが。

先日当落発表のあった『蜘蛛女のキス』

降りたと言いつつ、初の主演舞台だし、グローブ座だし、軽率に観てみたいと思った。本気で彼を好きな人たちに申し訳ないと思いつつ、"当たったら良いな"くらいの気持ちでフワッと申し込んだ結果、当選。

 

当たらなかった人も少なくないのにごめんなさいと思うけど、"降りたこと後悔させたるからいっぺん観に来てみ?"とでも言われてるのかな、なんてお天気野郎な考えに至ったので、せっかくだし楽しんで来ようと思います😌

 

 

 

惚れ直させてみる?

いざ、勝負。


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(思い返してもこの頃の彼が1番好き)